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最高裁判所大法廷 昭和29年(あ)2122号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を免訴する。

理由

検察官の上告受理申立理由は、末尾添附のとおりである。

裁判官小谷勝重、同島保、同藤田八郎、同谷村唯一郎の意見は、昭和二五年政令三二五号「占領目的阻害行為処罰令」は、平和条約発効と同時に当然失効し、その後に右政令の効力を維持することは、憲法上許されないから本件については犯罪後の法令により刑が廃止された場合にあたるとするものであること、昭和二七年(あ)第二八六八号同二八年七月二二日言渡大法廷判決記載の小谷、島、藤田、谷村四裁判官の意見のとおりであり、又裁判官栗山茂、同岩松三郎、同河村又介、同小林俊三の意見は、右政令三二五号は、平和条約発効後においては、本件に適用されている昭和二〇年九月一〇日附連合国最高司令官の「言論及び新聞の自由」と題する覚書第三項の「連合国に対する虚偽又は破壊的批評及び風説」を「論議すること」を禁止する部分は憲法二一条に違反するから、右指令を適用するかぎりにおいて、平和条約と共に失効し、従って、本件は犯罪後の法令により刑の廃止があった場合にあたるとすること、昭和二七年(あ)第二〇一一号同三〇年四月二七日言渡大法廷判決記載の栗山、岩松、河村、小林各裁判官の意見のとおりである。よって以上八裁判官の意見によれば、本件は犯罪後に刑が廃止されたときにあたるものである。従って被告人に対し免訴の言渡をしなかった原判決は違法であるから、刑訴四一一条、四一三条但書、三三七条二号により主文のとおり判決する。

裁判官田中耕太郎、同本村善太郎の反対意見は、次のとおりである。

平和条約発効前に犯した昭和二五年政令三二五号違反の罪に対する刑罰は平和条約発効後といえども、廃止されたものといえないことは前記昭和二七年(あ)第二〇一一号の大法廷判決記載の意見のとおりである。

裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。

職権を以て調査すると、一件記録によれば、本件第一審判決は、被告人を免訴する旨の言渡を為し、これに対し被告人から無罪を理由とし、また、検察官から法令違反を理由としてそれぞれ控訴の申立を為し、原判決は、弁護人並びに被告人の控訴趣意中事実誤認の論旨を理由ありとし、検察官及び被告人、弁護人等のその余の論旨に対する判断を省略し第一審判決を破棄した上本件公訴事実は昭和二〇年九月一〇日附最高司令官覚書一六号三項にいわゆる連合国に対する虚偽又は破壊的批評の論議に当らないとして被告人に無罪の言渡をしたものである。しかるに、免訴の判決に対しては被告人から無罪を求めるため上訴の申立をすることができないことは、当裁判所大法廷の確定した判例であるから、原判決が被告人の控訴を棄却しないでした右の措置は違法であるといわなければならない。尤も、本件では検察官から適法な控訴の申立があったのであって、かかる場合職権を以て事実誤認を認め第一審判決を破棄して被告人を無罪とすることができないわけではないから、原判決が無罪とした理由が当審で是認できるとすれば、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないであろう。また、同一事件について無罪事由と免訴事由と競合するときいずれの裁判を先にすべきかは争あるところである。そして、わたくしは、免訴判決は一旦発生、成立した実体的公訴権がその後消滅したときに為すべき実体裁判であると解するが故に(判例集二巻六号五四七頁以下参照)先ず無罪を言渡すべきものと考える。もし、そうでないとする考があるとすれば、その理由を示すべきであるこというまでもない。

そこで、本件上告審では、いずれにしても、本件が有罪であるか無罪であるか、換言すれば、本件文書の内容が前記覚書に該当するか否かを決定するのが先決問題であるといわなければならない。しかるに、多数説が、前記訴訟経過を精査することなく、且つ、判断を示すことなく、漫然原判決を違法であるとしてこれを破棄し被告人を免訴するのには賛同できない。なお、私見によれば、原判決が本件文書の内容を前記連合国に対する虚偽又は破壊的批評を論議したものに該当するものということができないとした判断を正当とするから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められず、結局本件上告を棄却するを相当と考える。

なお、本件に対する各裁判官の補足意見は前記昭和二七年(あ)第二〇一一号の大法廷判決に記載乃至引用したとおりである。

裁判官霜山精一、同井上登は退官につき評議に関与しない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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